折れない心

何度も敗北を味わってきた筆者が挫けずに試験勉強や語学を頑張ります。現在はシステム監査技術試験に取り組んでいます。

ネットワークスペシャリスト試験 その25 令和 4年(2022年)春期 ネットワークスペシャリスト試験の結果

完全に失念していましたが、 令和 4年(2022年)春期 ネットワークスペシャリスト試験の結果が出ていました。

以前は試験結果発表の日を忘れるということは無かったのです・・・・

 

さて令和3年(2021年)に続くYuubariの ネットワークスペシャリスト試験(NW)の結果ですが

 

 

残念ながらこの通り今回も不合格でした。

やはりこの試験は格別難しいです。

YuubariがIPAの高度情報で2回不合格だったのは初めてですが、今回もスコア的には完敗という結果でした。

試験を受けた手ごたえとしては昨年のネットワークスペシャリスト試験より悪くなかったですが、今回も午後2で合格点に達することができ不合格という結果でした。

 

この試験は合格するまで受験し続けるつもりなので、もちろん来年も受験します。

とりあえず今回の敗因と改善すべき点を考えて次回に繋げたいと思います。

 

―敗因分析と今後の改善すべき点―

 

(試験勉強スタート時期について)

まず去年もそうでしたが、2年前から子育てがスタートして圧倒的に勉強できる時間が減りました。

これを言っては今後子どもがある程度一人遊びできるくらいまではずっと続くのでどうにもならないのですが、反省点としては今回は試験勉強をスタートする時期が遅すぎたかもしれません。

自分の記録によると今年の2月にネットワークスペシャリスト試験の過去問を解き直し始めたようです。

ネットワークスペシャリスト試験は今年が2回目の受験なので、過去に1回目の受験のために過去問を解いたり知識を補強していた知識的財産があるので、今年はやや遅めの対策スタートとしてしまっていました。

家族に許可を得て勉強に集中する環境を取り付けてもらう時期が2月頃から試験のある4月後半までだったので仕方ありませんが来年はもう少し早めに、できれば年始あたりからネットワークスペシャリスト試験の勉強(主に過去問演習)をスタートしたいと思います。集中して試験勉強を開始する時期が早ければ早いほどたくさん過去問を解いて力をつけることができるので当然ここは考えが甘かったと言わざるを得ないです。

ここはなんとか家族の理解を得られるようにしないといけないのですが。

 

 

(午前1対策に時間をかけてしまった)

Yuubariの勘違いで午前1免除は失ってしまっていて、今回は午前1試験からの対策となりました。

これが想像以上に大変だったのですが、応用情報技術者試験の午前試験の過去問を遡って7年分完璧に仕上げる(間違わずに正答できるようになる)までかなり時間をかけてしまいました。

特に試験2-3週間前の大事な時期に午前1免除があれば本来やらなくてよい対策に時間をかけざるをえない状況だったのが痛恨でした。

今回午前1は通過できたので、あと2回分のネットワークスペシャリスト試験の午前1免除が獲得できました。

もしこの午前1免除の効力が切れてまだネットワークスペシャリスト試験に合格できていなければ、秋試験を使って午前1の免除だけ取っておきネットワークスペシャリスト試験は午前1の対策をしなくて済む状況にしておこうと思います。

 

(過去問の取り組み方が甘かった)

ネスペシリーズを使ってYuubariは過去問演習を行っていますが、今振り返ってみると解いた問題について100%ネットワークスペシャリスト試験の過去問を理解できていなかったなと思います。

通勤や昼休みの時間にネスペシリーズを読んでいたのですが、字面だけ追ってぶつ切りに解説を読んでもメモリの小さいYuubariの頭では理解しきれていませんでした。この試験については隙間時間に過去問演習を行うことは向いていないかもしれません。

途中から過去問演習のやり方を変えて、午後1・午後2の問題演習を行うときに問題分にネットワーク図や設定表があっても自分で紙に図や表を手で書きながら解くようにしましたが、このやり方は自分の性に合っていたようで、各段に午後1・午後2の過去問題が理解できるようになりました。

途中で気づいたのですが、次回は最初から過去問に取り組むときこのやり方で過去問演習を行いたいと思います。

 

(どう考えてよいのかわからない点)

これまで反省点と考え得る改善点は書いてみましたが、どう考えてよいかわからないのが今年も去年も午後2で大幅に合格点に届いていない点。

 

2021年の結果― 午後1:60点/午後2:44点

2022年の結果― 午後1:63点/午後2:47点

 

午後1も合格点(60点)ぎりぎりクリアなので、場合によっては午後1で今後足切りされる可能性がありますが、午後2の点数が2回とも振るわないんですよね。

午後1と午後2の違いが正直いまいちわからないです・・・

午後1より午後2の方が長文でひとつのケースを深堀りしていることは感じますが、問題の難易度は決して午後1の方が簡単というわけでもないんですよね、Yuubariにとっては。

午後2だけ特化した対策はネットワークスペシャリスト試験に関しては無いと思っていますが、これまで通り午後1と午後2両方の過去問を解き続ける形で良いのですかね。

 

(不合格ではあったものの得たこと)

なんといっても対策が大変だった午前1を今回突破したことですかね。

これで2年間午前1の免除が有効になりますので大きいです。というか二度と高度情報試験の午前1は受けたくないです^^;

今年の秋はシステム監査技術者試験を受験する予定なのですが、今回午後1を突破できたことで秋試験がこの点においてだいぶ負担が減ったということは間違いないです。

また、自己研鑽・仕事に役立てるという意味ではネットワークの勉強はずっと続けなくてはいけないと思っているので、たちはだかる目標としてネットワークスペシャリスト試験が今後も鎮座しているのはネットワークの勉強のモチベーションとなってくれるとポジティブに考えることにします。

Yuubariが最近ハマっている漫画5選(その11)

Yuubariは漫画を読む方法がここ10年でだいぶ変わってきました。

学生の頃は漫画を読むのは紙の本オンリーでしたが、いまは電子書籍(アプリ含む)と紙の本が大体半々くらいです。

持ち運びもお手軽な電子書籍も良いですが、紙の手触りや感触が好きなのでお気に入りの作品はできるだけ紙の本で読みたいです。

 

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『血の轍』

優しくて美人な母は実は心に大きな闇を抱えていて、その母に共依存のような形で育てられた少年の悪夢のような現実と葛藤を描いた作品です。
一言で「毒親」と切り捨てることができないような複雑に歪んだ母性と共依存、そして放棄という過程をとある事件をもとに圧巻の迫力で綴られていきます。
現在12巻まで読みましたが本当の意味で衝撃作でした。

 

読んでいる読者まで病みそうな毒の強い作品ですが、非常に丹念にかつ生生しくときには観念的に描かれていて、もはやYuubariはこの作品に文学や絵画の持つ芸術性すら感じました。

特に主人公の視点からみた世界の描写が圧巻で、たとえば主人公が自分を支えてくれる存在を失って心が壊れたときの風景はゴッホの風景画のような歪曲した空だったり、夢か現実かはっきりわからないような意識の中で現れる幻の母は禍々しくも神秘的な虚像の描写でしたり、単純に絵として表現力が突出していて圧倒的な描写力に引き込まざるを得ませんでした。


漫画家の浦沢直樹さんがMCを務める「漫勉」というTV番組で作者の押見修造さんがゲストととしてフォーカスされて作画風景が紹介されていましたが、スクリーントーンを一切使わず妥協が一切ない独特の作画作業がクローズアップされており、描画に関しては相当計算されていることがよくわかりました。
作中でメタファーも多用され、夢の中で精神的に行き詰った主人公の口に蛾が入り込む描写などは気持ち悪さよりもの悲しさを感じます。
主人公の心の変化が描画のタッチや表現に大きく反映されるという手法はとても興味深いですね。

 

作画についてばかり述べていますが、ストーリーもとても練られていて先が読めない展開に驚かされました。
過保護気味にあった親から少年への関係が少年に恋人ができることによってこれまでの相克が崩れて対決構造になったり、ある犯罪行為により心理的に追い詰められていく様子などはサスペンス要素も見逃せません。

だいぶ前に読んだ萩尾望都さんの『残酷な神が支配する』という作品を思い出しましたが(この作品も親子の歪んだ関係を描いた物凄い圧の強いイチオシ作品です)、親によって心が踏みにじられた子供の描写は本当に読んでいて心が苦しくなります。
人間の内面の苦しみと犯罪事件と結びつけるサスペンス的な展開ははるか昔学生時代に読んだドストエフスキーの『罪と罰』も思い出しました。

 

主人公の心の苦しみと悪夢のようなストーリー展開に翻弄されて、Yuubariは漫画を読んでいてひさしぶりに手汗が止まりませんでした。

「読んでいて楽しい作品」ではないので誰にでもおススメできるかどうかというと難しいところですが、ひとつの表現方法として漫画がここまで観念的な高みに昇華されたことにいち読者としてとても衝撃と感銘を受けた作品でした。

 

 

 

『スキップとローファー』

中学校の同級生が数名しかいない地方から、高校進学を機に東京に上京してきた主人公女子(みつみちゃん)の高校生活を描いた作品。
地方から都心に出てきて都会の華やかさに心躍りながらもギャップを感じたり成長していくという話は実際にもよくありますし漫画や小説・映画でもよく登場します。
アニメ映画『君の名は』でもそういう要素が序盤にありました(「上京」ではなく「入れ替わり」でしたが)。

 

この作品『スキップとローファー』も地方と都市の学生生活のギャップに戸惑いながらも主人公の女子が芯をしっかりもって前に進んでいきます。
好感を持てるのは地に着いた現実味のある高校生活を描いていること。
高校生活が過剰にキラキラしすぎていないし、かといって人間関係がドロドロしすぎているわけではない等身大の高校生活が描かれています。
いきなり恋愛模様を見させられるわけでもなく、ひとりひとりがコンプレックスや悩みを持ちながらもゆっくり前に進む姿に共感を感じました。
主人公のみつみちゃんは決して美人ではないし要領が良いわけでもないのですが、とても素直でポジティブ。
そんな主人公に周りのともだちも次第に良い方向に影響されていく情景が本当に愛おしい。

 

 

 

『ひらやすみ』

都内(阿佐ヶ谷)の年季の入った小さな平屋の家を知り合いのおばあさんから貰い受けたフリーターのアラサー主人公がいとこの美大生とのんびり過ごす日常を描いた作品です。この作品はとても癒し力が強い作品です。

疲れているときに読んでほっとしました。

 

人物描写が丁寧でどの主要なキャラクターはみんな好感を感じました。
定職に就かずのんびりフリーター生活を満喫しているアラサーの主人公(ヒロトくん)だったり、不動産の会社社員として忙しく毎日働いて一人の生活を満喫しているようどこか張りつめている糸を緩めたいアラサー女子(よもぎさん)、都会の大学生活に馴染めなくてうらぶれているけど漫画家になる夢がある美大生(なつみさん)など人物描写がとても優れていてキャラに厚みがあります。

 

人はみな裏と表の顔がありますが、それを作中の出来事を絡めながら肩肘張らずにとても効果的に表現していて読んでいて気持ちが良いです。
ストーリー上で気になるのはのんびりマイペース主人公と心の余裕がない不動産屋さんのよもぎさんとの関係。忙しく働いている不動産屋さんの女子からみると、どうみても主人公はモラトリアム人間
対象的な生活様式なので反発(よもぎさんが一方的に怒りをぶつけている)するのですが、よもぎさんの反発の中に「わたしもこんなまったりした生活したいな」というかすかな憧れのような気持ちが透けてみえるのが面白いです。
いつの頃からか「癒し」が生活の中で求められるようになりましたが、ちょっと小休止したいときに読みたい作品です。

 

 

『かげきしょうじょ!!』

はじめにお伝えすると「過激」ではなく「歌劇」のお話です。

Yuubariはまだ既読が4巻までなのですが(現在刊行されているのは既刊12巻)、途中まで読んでいて印象に残った作品なので取り上げてみました。
架空の音楽学校(専門学校)を舞台にした歌劇に取り組む生徒たちを描いた作品ですが、読めばわかるかと思いますが宝塚音楽学校がモデルになっています。
宝塚歌劇団に入団するためには宝塚音楽学校を卒業しないといけない(ですよね?)のですが、この専門学校で生徒たちはミュージカルや声楽・演技などを学びタカラジェンヌとなっていきます。
そのタカラジェンヌの卵たちの生活にフォーカスした作品ですが、一般的な学校とは全く異なる特殊な世界の話なのでとても興味深く読んでいます。

 

毎年ニュースでも合格発表の様子が報道されていますが宝塚音楽学校に入学することは本当に難しい。
劇団の演劇の学校でトレーニングを積んで初めて受験することができますが、とても狭き門となっています。
Yuubariの遠い親戚で数年前宝塚音楽学校に3回目の受験で合格した人がいましたが、入学前に彼女が出演したミュージカルを観たことがあります。
舞台の上で輝いていた彼女の演技力やカリスマ性をもっても一度では合格に至らなかったので本当に厳しい世界なのだなと感じました。

 

話を『かげきしょうじょ!!』に戻しますと、その宝塚音楽学校の生徒たちはひとりひとりが独特のバックグラウンドを持っています。
登場するメインの生徒はもともと劇団で活躍していた人や元アイドル・伝統芸能の経験者などなど。
こうした個性ある生徒たちが未来のタカラジェンヌとなるべく真剣にミュージカルに取り組み切磋琢磨する様子に宝塚ミュージカルにとても興味が沸きました。観に行かねば!

 

 

ぼおるぺん古事記

こうの史代さんの作品といえば、アニメ映画になった『この世界の片隅』や実写映画化している『夕凪の街 桜の国』が知名度がありますが、Yuubariは『長い道』『ぴっぴら帳』や『さんさん録』なども好きですね。市井に生きる人を瑞々しくも暖かく描く作風が好きで昔からYuubariはこうのさんの作品を愛読してきました。

 

ぼおるぺん古事記』はこうの作品の中でも異色で、日本の神話である古事記をこうのさんがボールペンで書いた漫画です。
全編がボールペンで書いてあるからこそ出る素朴な味もあると感じました。
デジタル作画どころかスクリーントーンすら一切つかわずに手作業で細やかに古事記を描く執念を感じました。

 

最近改めてこの『ぼおるぺん古事記』を再読しました。理由は近々伊勢神宮に行く予定があるからです。
伊勢神宮古事記の中でも非常に重要な役割を担う天照大御神を内宮で祀っていますし、神宮周辺には猿田彦神社月夜見宮など古事記というか神道ゆかりの神社がたくさんあるので本書で古事記をおさらいしようと思いました。


古事記』をテーマにした学習漫画はたくさん出ていますが多くが子ども向け。
ぼおるぺん古事記』のように古事記を最初から登場する神々を省略せずに描いた漫画は珍しいと思います。

ただし、『ぼおるぺん古事記』の(一)・(二)・(三)の三冊で綴られるのは古事記の上巻である神代編まで。中巻・下巻で綴られる人代編はカバーしていないです。

ですので、有名なヤマトタケルのエピソードなどは『ぼおるぺん古事記』では登場しない。

古事記は人代編も面白いので、ぜひこうの先生に人代編も描いてほしいなと思います。


古事記では膨大な数の神々が登場しますが。こうのさん流のイメージを膨らませて描かれている神々がとても愛嬌があってクセになりました。
あの荒ぶるスサノオノミコトですらどこか憎めない描写です。古事記に登場する神々はもともとがとても感情豊かで人間味を感じますが、そのあたりをとても巧みにこうの流に絵として落とし込んでやさしく表現していると思います。


ちなみに古事記を現代語の口語で活字で読みたい方にはこちらの本がおすすめ。

とてもわかりやすくて古代史専門の歴史学者の方が書いているので注釈もしっかりしています。

Yuubariは以前にこちらの本を読んで古事記を知りました。

 

古事記を知ると神社に行ったときに祀られている神様の名前や来歴がわかるようになるので一層神社めぐりが楽しくなります。
日本人なら古事記を知っておいて損はないと思います。

システム監査技術者試験 その2 過去問演習のメモ帳

ネットワークスペシャリスト試験(NW)のときにも演習で解いた過去問をQ&Aで自分なりにまとめましたが、システム監査技術者試験(AU)でも同じことをしたいと思います。

勉強したことをWebに残しておくと出先でもどこでも読めるので便利なので(自分にとって)、メモ帳代わりに解いていくうちにどんどん追加したいと思います。

 

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(令和3年過去問より)

 

午後I

問1

(覚えておきたい出題パターン)

・「監査要点」としてはAI(新システム)の導入目的や利用範囲について、経営層が判断、承認しているか。この点について「監査手続き」としては行うことは?

※(ヒント)本文中で「議事録」という言葉は出ていないが「経営会議」「審議」「経営層が承認する」は記載あり。

経営会議などの議事録を閲覧し、経営層によって十分に審議され、承認されているかを確かめる。

 

「監査要点」としてはPoC(新システムの概念)の計画と実施は適切に行われているか。この点について「監査手続き」として行うことについて【計画】と実施について行うことは何か?

【計画】※(ヒント)本文中で「PoC計画書」「評価基準」「終了基準」の記述あり

PoC計画書を閲覧し、目的、結果の評価基準、終了基準の記述があることを確かめる。

実施※(ヒント)本文中で「PoC評価書」の記述あり

PoC評価書を閲覧し、結果の評価や終了の判断についての記述を確かめる。

 

システム監査技術者試験 その1 受験することにしました

いろいろ思うところがありまして、10月(秋季)の情報処理試験の区分のひとつであるシステム監査技術者試験(AU)を受験することを決めました。

 

現在の秋季の情報処理試験でYuubariが受験する可能性のある試験(自分の仕事に関係がありそうな試験)はシステム監査技術者試験(AU)なのですが、もともと今現在は仕事で必要とされている技能ではないので受験する気持ちは薄かったのですが、以下の理由で受験を決意しました。

 

(1)午前1(AM1)免除の恩恵を大事にしたい

これがシステム監査技術者試験(AU)受験を決めた最も大きな理由かも。

これまで午前1免除期間中に合格を繰り返してきて免除期間を延長できていたのですが、Covid-19による試験延期とNW不合格により免除期間を失ってしまっていました。

先月のネットワークスペシャリスト試験(NW)で、Yuubariは高度試験の午前1をはじめて受験したのですが、これが想像以上に対策が面倒で厄介でした。

 

午前1の対策といっても応用情報技術者試験(AP)の午前過去問をとにかくやりこむだけなのですが、何しろ範囲がとても広くて時間も結構かかりましたので、できれば二度と高度試験の午前1は受験したくないです。

失ってはじめてわかる午前1免除のありがたみ(^^;

 

自己採点では前回のNWの受験で午前1試験の合格点に達しているのでマークシートミスをしていない限り今後2年間の午前1免除の資格を得ることができました。

今後のことを考えると、いずれはシステム監査技術者試験は合格しておきたいと思っていますので、ここはひとつ午前1の免除が残っているうちにシステム監査技術者試験に挑戦しておこうと思いました。

 

(2)何が役に立つか人生わからない

正直今の職場でYuubariがシステム監査の役割を担う可能性はほぼありません。

Uchino会社は腐っても世界に拠点を持つGlobalな会社で、企業規模もかなりのものなので(半面簡単に社員を解雇する冷徹な一面がありますが)、IT関連の内部監査の役割を持つ部署もありますが日本にはその部署はありません。

日本で監査があるときは、たまに海外から高いポジションのえらい監査の方が来て1週間くらい監査して帰っていくという感じです。

 

ですので、Yuubariがいまの職場でその役割を担う可能性はほぼゼロです。

しかもUchino会社のIT関連の内部監査はシステムの監査より、物理的なインフラの管理(サーバルームの管理やIT機器のアセット整備、ネットワーク周りなどのインフラ面)に対する監査が主です。

そうなるとますますYuubariがシステム監査技術者試験に挑戦する理由が薄くなります。

 

ですが人生何が役に立つかわかりません。

ある日突然システム監査の技能が要求されたり、転職する機会があって(転職せざるを得なくなり)職場が変わって求められる可能性もありますので、チャンスがあるならば取っておこうと考えました。

 

今の職場に転職したときも自分が取得した中でも別に重要だと思っていなかった資格を採用側に予想外に評価されましたので、なにごとも持っていないより持っていた方が何倍も良い、とそのときに実感しました。

 

(3)試験形式に慣れている

これまでSG, AP, SC, PM, SMと合格してきて、ある程度IPA情報処理技術者試験の試験形式や対策方法を曲がりなりにもわかってきました。

 

もちろんシステム監査技術者試験(AU)はこれまでYuubariが合格してきた試験の中でもさらにワンランク上の試験ということはわかっていますが、試験対策としてやるべきことはわかっている。

高度情報処理の試験は「AM1は免除ありでAM2も直前に1,2日過去問を詰め込むだけで対応可能、実際の勝負は午後1と午後2(論述)のみ」と考えていまして、Yuubariにとっては、対策方法をゼロから調べて対応していくわけではないので比較的受験しやすいです。

 

合格できるかどうかは別として試験に対応する方法がわかっているのはとても心理的負担が減ります。ここは完全に経験に助けられています。

はっきりいって今から全くの専門外の試験に暗中模索しながら挑戦する方が難しいです。

 

以上の理由から10月のシステム監査技術者試験に挑戦することに決めました。

現在5月初旬なので、まだたっぷり5か月残っていますから計画的に準備を進めていこうと思います。

日本の社会人は勉強しない?

最近よくネットの記事で目にすることなのですが、「日本人は社会に出た後はとにかく勉強しない」ということ。

総務省統計局の「平成 28年社会生活基本調査」によると、有業者が「学習・自己啓発・訓練」に充てる時間は1日当たり平均6分間

ということでした。

衝撃的な数字ですよね。6分って・・・・

※社会人にとっての「勉強」「学習」の定義が難しいですが。資格試験や昇進試験に向けての勉強はもちろんそれに該当しますが、仕事にまつわる何かのスキルを得るための行為(専門書を読んだり、業界紙を読む、Webトレーニングを受ける、関心があるビジネスセミナーに参加する)も該当すると思います。

 

そういえば確かに周りを見渡すとYuubariも職場で何か資格試験や自己啓発に取り組んでいるという人はそれほど多くないです。

人に言わないだけでこっそり勉強している人はいるかもしれません。

Yuubariも訊かれないかぎりあまり資格試験に挑戦する(している)ということを職場で口外したことはありませんし。

 

一方で同じ職場で毎週末大学院に通ってMBAを取得した人や夜間の大学に通って学士を取得した人もいました。

ですので「1日平均6分」としてもYuubariの印象としては、「ものすごく勉強熱心で日常的に自己研鑽に励んでいる勢」と「まったく勉強していない勢」にはっきり分かれる気がします。

ただ割合としては「ものすごく勉強熱心で日常的に自己研鑽に励んでいる勢」が圧倒的に少ない気がしますが。

「気がします」という言葉の通り、何かに裏打ちされた意見ではなく単なるYuubariの印象にすぎませんが・・・

 

考えてみるとYuubariが学生のときは電車の中で参考書や資格の本、ビジネス書を開く大人が多かった気がしますが、最近はスマホでゲームやSNSをしたり漫画を読む大人が多いですね。

それはそれで忙しい日常生活の中で息抜きとして大事かもしれませんが(かくいうYuubariもスマホを手に入れたばかりのときはそういう時期が長くありました)、それにしても長い通勤時間をずっと目的もなく無為に過ごすのはちょっと勿体ない気もします。

今はみんな疲れているのか、それとも心に余裕がないのか・・・

 

一方、日本以外のほかの先進国の社会人は社会に出た後に大学に入りなおして学位取得を目指したりオンラインで学習したり目標に向けて学習を続けている人が多いと記事では目にしました。

実際Yuubariの努めている会社(外資系企業)の外国人の方は本当に勉強熱心な人が多いです。

 

これはなぜなんでしょうね・・・Yuubariが思いつきで考えるに

 

①日本は残業などで長時間労働が常態化しており、日常生活で勉強する時間を作り出せない(時間的、精神的余裕がない)

②日本ではこれまで終身雇用制度が長く続いており、自分のスキルを磨かなくても今の職場でやっていける

③日本ではスキルアップのメリットがそもそもあまり無い(社会的に評価されない)

④日本の受験勉強が厳しすぎて勉強という行為自体にネガティブな印象が生涯付きまとうので、「学習」というと重い腰を上げにくい

 

といったところでしょうか。

 

他人事のように言っていますが、Yuubariも先月のNW(情報処理技術者試験ネットワークスペシャリスト試験)が終わってから一分も勉強していません・・・・そろそろまずいなあ、と思い始めました。

 

Yuubariの場合は勉強(自己研鑽)する最も大きなモチベーションは「危機感」です。

自分の人生を振り返ると受験にしろ就活にしろ失敗続きだったので、恥ずかしながらかなり自己肯定感がとても低いです。

社会人としてスタートした後も「この先、一生仕事をして食べていけるのだろうか」と不安ばかりでしたので、資格や語学の勉強をすることで自分に付加価値を付けていく必要を常々感じながら生きてきました。

 

そういえば以前読んだ漫画(『白エリと青エリ』というお仕事がテーマの漫画)の中で、進路に迷う高校生の主人公が伝統工芸の職人である祖父に相談したところ祖父からは「どんな商売でもいいからさ、職人になりなよ」と言われるシーンがあるのですが、Yuubariは「そうそう、手に職をつけることが大事なんだよね」ととても共感しました。

仕事をしながら得る知識や技能が最もウェイトが大きいというのはその通りだと思いますが、それ以外でお自分で付加価値をどんどん付けていくのは技術職ならばとても有効かと思います。

 

子育てや仕事の忙しさを言い訳にすることは簡単ですが、この先のキャリアや自分の人生を考えると、慢心せずなんとか隙間時間を使ったり計画的に勉強時間を捻出してなんとか継続して勉強しながら結果を出していきたいです。

もう少し子どもが大きくなったら同じ机に向かうこともできるかもしれませんが、今はうまくやりくりしないといけない辛抱の時期だと思っています。

 

早めにつぎの目標を立てて日常の中に勉強する時間を組み込んでいきたいと思います。

Yuubariの読んでよかった本(その14)『黒牢城』

この『黒牢城』という作品で米澤穂信さんは第166回の直木賞を受賞されたのですが、米澤穂信さんのいちファンとして受賞の報せを知ったときは本当に嬉しかったことを覚えています。

その日ニュースを見ていたら突然米澤穂信さんの名前が読み上げられて、驚きと同時に「よねぽさんついに・・・直木賞!」といううれしい気持ちでいっぱいでした。

さて『黒牢城』ですが、Yuubariは単行本を購入してから読了するまでおよそ半年もかかってしまいました。

読了までに時間がかかった理由は、家に小さい子がいて手の届くところに本を置いておくと本をボロボロにされてしまうので、帯も含めて大事に保管したいこの本を読むときは子どもが寝た後にしか読めないからでした。

文庫本ならば通勤時に持ち歩いて通勤電車の中で読めば良いのですが、重量のあるこの単行本はそういうわけにもいかず自宅でしか読めない状況でした。

そこで夜な夜な子どもを寝かしつけた後に読み始めるわけですが、重厚な歴史小説なので難解な表現も多々あり10ページ読むとYuubariにも睡魔が訪れてそこで読書中断・・ということが多々ありました。

 

最近ようやく最後まで読み終わりましたが、本当に読み応えのある骨太な小説でした。米澤穂信さんが歴史小説を書くのはこれが始めてだと思いますが、米澤穂信さんの持ち味であるミステリー要素も抜群に冴えていましたし、戦国期の考証も充実した著述表現も非常に巧みで読んでいてとても惹きこまれます。

普段小説は基本的に文庫本しか買わないYuubariが1600円(税別)をはたいて買った、そのもとは十分に取りました( )笑。

 

読了後の満足度がとても高い一作でしたが、しかし誰にでも薦められるかというとちょっと躊躇してしまうかも。

この作品は戦国武将の荒木村重が主君の織田信長に謀反を起こし、村重が統治する有岡城で籠城しつつ織田配下の特使である黒田官兵衛を地下に幽閉し(ここまで史実)、籠城中に城内で起こる様々な事件を虜囚である黒田官兵衛の知恵を借りて解き明かしていくという大筋なのですが、日本の戦国時代の地政学的な知識や勢力図・行動様式・武家社会の在り方など当時の知識が無いと楽しむことが難しいかと思われます。

 

Yuubariも戦国時代についてはあまり明るくなく、荒木村重黒田官兵衛は名前くらいしか知りませんでしたが、有岡城の籠城戦については『黒牢城』を読むまでは全く知りませんでした。

以前和田竜さんの『村上海賊の娘』を読んだことがあったので(『村上海賊の娘』も抜群に面白いですしオススメ)、石山本願寺や毛利勢と織田信長の対立構造は理解していましたが、『黒牢城』はかなり史実を下敷きに書かれている小説なのできちんと歴史的バックグラウンドを知らないと勿体ない。

そこで『黒牢城』を読みつつ下記の本も並行して読みました。

 

『読むだけですっきりわかる戦国史

この一冊でほんとうに戦国期の歴史がすっきりわかりました!

『読むだけですっきりわかる戦国史』で荒木村重黒田官兵衛について記述されているのはほんの数ページですが、織田信長を中心とする当時の情勢がすっきりわかりましたので『黒牢城』も一層読んでいて面白くなりました。

 

『黒牢城』の主人公である荒木村重という人については、後世では戦国武将として決して評価が高くありませんが、彼が逐電したいきさつについて『黒牢城』ではとても独特の解釈となっています。

また信長側の特使だった黒田官兵衛荒木村重が殺さずに幽閉という選択をしたことや、そもそも荒木村重織田信長に対してなぜ謀反を起こしたのか独自の解釈が織り込まれています。

史実とフィクションの組み合わせによって歴史上の出来事が作者によって新しい見方が出来るのは歴史小説ならではの醍醐味かと思います。

 

一定の知識が無いと『黒牢城』を本質的に楽しむことが難しいとYuubariは考えますのでそういう意味では敷居が高い小説なのですが、戦国期の情勢に明るい人にとっては最上級のエンタメ歴史小説として『黒牢城』をオススメしたいです。

メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年 @新国立美術館

以前読んだ「美術展の不都合な真実」という本に記載されている通り「●●●美術館展(海外の美術館から作品を借りてきて展示する)」という形式の美術イベントはどうしても「物見遊山」的展示になりがちで、主催者側の企画自体のメッセージ性(観客にどういう方向性で観てもらいたいかという意思)が薄いと感じます。

 

多くの場合、相手美術館が一部改装などで展示できない期間に日本サイドが高額な費用を寄付という形で相手美術館に支払って借りてきた作品を展示するからなのですが、当然展示できる作品は相手ミュージアムから借りられる作品に限定されるわけです。

今回もメトロポリタン美術館が一部改装するためにその期間展示できない作品群の中からセレクトして借りてきたようです。

借りられる作品が限られるわけですから主催者側がこの手のイベントに特定のメッセージを盛り込むことは難しいです。

 

そういうわけで、ここ数年Covid-19問題もあり「●●●美術館展」系の美術イベントはYuubariはスルーしてきたのですが、今回思うところあって「メトロポリタン美術館展」に行ってきました。

今回観にいった理由としては至極簡単な動機で、Yuubariが好きな画家の作品が多いため行かないといけないと思ったからでした(^^;

なにしろ、Yuubariが好きなフェルメール、カラヴァッジョ、ドガゴヤ、マネ、シスレーターナーあたりの作品を一度に観ることができるからです。

 

今回観に行った中でYuubariが特に印象に残った作品を語ります。

 

ヨハネス・フェルメール『信仰の寓意』 1670-72年頃

今回メトロポリタン美術館からフェルメール作品が来ると聞いて、メトロポリタン美術館が所蔵する4枚のフェルメール作品の中からこの作品が来るとは正直言って思っていませんでした。

この作品は絵のコンディションがあまりよくないため、今まで一度も来日したことはありませんでした。書籍などでも「修復がうまくいかない限りトラベリングは難しい」と書かれていました。

今回が本邦初来日の公開になります。Yuubariも初めて本物を観ました。

 

この作品はフェルメール後期の作品で、フェルメール作品にしては情報過剰な描写になっておりカトリックを象徴するモチーフ(蛇、磔刑の絵、胸に手を当てるポーズなど)が満載な作品です。フェルメールといえばキャリア初期はキリスト教がテーマの絵が多かったのですが、中期以降はずっと宗教色の薄い絵が多かったのですが、なぜかこの絵だけは後期フェルメール作品の中でも宗教色が強い作品です。

 

フェルメール作品としては特徴的によく使用されるウルトラマリンの色合いに目が行きました。また同じくフェルメール作品で定番なアイテムですが、画面左のカーテンの描写も何か自然に視線が画面に引き込まれます。

日常を静かに描いたフェルメール作品が好きなYuubariとしては、この作品はそこまで好きな作品ではありませんでしたが、この絵に関しては何しろ実物をお目にかかること自体が貴重。

実際に観てみると想像より大きい絵で、間近で見るととても迫力を感じてしばらく見入ってしまいました。

 

カラヴァッジョ『音楽家たち』 1597年

カラヴァッジョ作品は日本でも何度か「カラヴァッジョ」展が開かれたのでお目にかかる機会は多かったのですが、いつ観てもカラヴァッジョの絵は本当に惚れ惚れするくらいテクニックが卓越しています。

特に以前『マグダラのマリアの法悦』の実物を見たときは圧倒されて涙が出そうになりました。

カラヴァッジョ作品は純粋に絵画としての描写力が圧倒的なので、実物を見ると見入ってしまうことが多いのですが、この作品に関してはカラヴァッジョの初期の作品ということでまだ超絶テクニックが完成される前の作品のように感じました。ちょっと人物が狭い画面の中で窮屈そうですね。

欲を言えばメトロポリタン美術館が所蔵しているもう一つのカラヴァッジョ作品『聖ペテロの否認』も見たかったです。

まったくの余談ですが、Yuubariは以前寝る前にカラヴァッジョの伝記を読み、カラヴァッジョに殺されそうになる夢にうなされたことがありました( )笑。カラヴァッジョはあれほど神々しい絵を描くのにとにかく乱暴者で手が付けられなかった人物でした。

 

エドガー・ドガ『踊り子たち、ピンクと緑』 1890年頃

悪くない・・いやとても素敵なドガの作品ですよ。ですが欲を言えばYuubariは全盛期のドガ作品が観たかった。

この作品を制作している時代のドガの視力は著しく低下していたので、どうしてもタッチがドガの全盛期に比べて劣る印象を感じてしまいました。

メトロポリタン美術館にはドガの作品が多数収蔵されており、わがまま言わせていただければ同館所蔵の『ダンス教室(踊りのレッスン)』や 『バーで練習する踊り子』あたりを観たかったです。

勝手言っているのは自覚していますが、このあたりを持ってきてくれて観れていたらYuubariは大満足だった。

 

マリー・ドニーズ・ヴィレール 『マリー・ジョゼフィーヌ・シャルロット・デュ・ヴァル・ドーニュ(1868年没)』 1801年

この絵はインパクトがあり、印象に残りました。この絵のことをはYuubariは知りませんでしたが面白い構図の絵ですね。逆光でモデルの女性も影になっていますし、むしろモデルの女性がこちらを見てキャンバスに絵を描いていますので見ているこちがらモデルになるメタ構図。割れた窓から外の世界が見えるのも意味ありげです。

 

キリが無いのでこのあたりでやめておきますが、印象に残った絵はほかにもたくさんありました。

さすがにメトロポリタン美術館というだけあって日本初公開の本当に貴重な作品を多々みることができたのでそれは間違いないですが、Yuubariのような泡沫美術ファンのわがままを言わせていただくと、近世以降の画家の代表作を観たかったというところです。特にドガフェルメール・カラヴァッジョはもう1・2点観たかったです。

個人的な趣向で語ってしまいますが、ドガフェルメールもモネも1点しか今回来ていませんでしたがメトロポリタン美術館には一般的評価の高い絵はもっと所蔵されていますので。

そこに不満があるならば「ニューヨークのメトロポリタン美術館に自分で観に行けばいいのでは?」と言われてしまいそうですが。そうですね・・・本当にいつか行ってみたいです。

 

「西洋絵画の500年」というとらえどころないテーマの通り、「メトロポリタン美術館にある名画を持ってきました」感は強く、これといった主張が無い企画展というのは観に行く前からわかっていましたが、展示する作品をある方向性に向けて絞りテーマ性をはっきり打ち出してくれたら良かった気がします。

 

ちなみに知り合いでニューヨークのメトロポリタン美術館に行ったことがある人は今回の「メトロポリタン美術館展」ではなく、新国立美術館内のお隣のスペースで展示されていた「ダミアン・ハースト展」に行っていました。正直いってYuubariもそちらを見た方が良かったかも。

 

消化不良感と満足感が入り混じる企画展でしたが、展示作の中でお目当ての作品がある方は足を運んでもよいのではないでしょうか。