折れない心

何度も敗北を味わってきた筆者が挫けずに試験勉強や語学を頑張ります。現在は資格試験(英検1級、TOEIC)対策も含めて英語の勉強に取り組んでいます。

Yuubariが最近ハマっている漫画(その4)-2

「わたモテ」についての前回からのつづきです。

 

(テコ入れ後の「わたモテ」の衝撃)

ポチって全巻購入した「わたモテ」ですが一巻から読み相変わらずのブラックユーモアに声を出して笑いながら読みましたが、俗にいう「修学旅行編」から一気に作品の中の人間関係が広がったことに驚きました。

 

そもそも「修学旅行編」以前は主人公のもこっちがぼっち状態で会話場面はかなり限定されており、ほぼもこっちのモノローグで作品が構成されていました。

この状態は遅かれ早かれネタ切れになったり、読者に飽きられたりする恐れがあったのかと思います。

作者の谷川ニコさんは思い切ってテコ入れを行い、主人公もこっちをぼっち状態から脱却させます。

そのきっかけとなったのが「修学旅行編」でした。

 

「修学旅行編」が始まり、もこっちは修学旅行を「地獄」と当て字にして読むのですが、実際に旅行序盤はぼっち状態でつらい時間が続きます。

このあたりの描写はYuubariは本当に読んでいてつらかったです・・・なぜならほとんどYuubariも高校2年時の修学旅行は同じような状況だったからです。

別にいじめられているわけでもないですし、かといって仲の良い友達もいないのでぼっち行動せざるを得ず本当に苦しく一日も早く家に帰りたいな・・・と思い過ごしていたのを「わたモテ」を読んで思い出しました。

「わたモテ」では修学旅行が進むにつれもこっちを取り巻く人間関係に変化が生じるのですが、Yuubariには残念ながらそんな変化は起きませんでしたが。

 

その後修学旅行の途中から徐々にもこっちにクラスメートの人間関係が生じ、その後一気に「わたモテ」の世界が広がるのですがそこからの「わたモテ」は本当に感嘆しました。

 

今までは主人公もこっちからみたらクラスメートなんて全員モブキャラみたいなものでしたが、実際に接することでクラスメート個々人にとても強い個性が見えてきます。

初期の「わたモテ」ではクラスの陽キャグループをみて「私の寿命一年短くしてもいいから、あいつら全員事故死しねーかな」などと物騒な妄想に浸っていたもこっちですが、クラスメートが「モブキャラ」から「一人の人間」と認識することでもこっち自身にも心理的変化が生じたように見えます。

 

明るく能天気に学校生活を過ごしているように見えていたクラスメートひとりひとりに悩みや夢があったことを知り、もこっちが人間として成長していく(相変わらず発言はゲスですが、会話や気遣いができるようになってきます)様は昔から「わたモテ」を知っている人にとっては驚くべきことだったかと思います。

 

また、逆にこれまでのクラスメート側からもこっちをみたらかつては「常に一人で過ごし目立たなく、真面目そうな暗い女子」というポジションだったもこっちのアクの強すぎる個性(本性)にぐいぐい惹かれているのがいち読者として「やっともクラスメートたちがもこっちの魅力に気づいたの?遅いよ!」と嬉しさがなぜかこみ上げてきました。

 

またまた自分語りで申し訳ないのですがYuubariは1,2年はまったく友達ができずぼっち状態でしたが3年になってクラス替えが行われて一変しました。気の合う数多くの友達が出来て学校に行くのが楽しくなったのです。

運動系の部活に入っている友達も何人か出来、いままで全くスポーツに興味ないところから徐々にスポーツ興味出てきてとても視野が広がったことを覚えています。この時の体験がなければ、Yuubariはマラソンなんて趣味にしていなかったと思います。

 

Yuubariは友達も話し相手も誰一人として学校にいなかった高校1,2年のころは学校に行くことがつらかったのですが(サボる勇気もなかったので病欠以外ではほぼ皆勤でしたが)、3年のころは受験でぴりぴりしている雰囲気でも友達がいるので学校が楽しかった。

 

「わたモテ」の作中で主人公のもこっちは仲良くなったクラスメートとカフェに行き、「リア充」状態であることを面映ゆく感じるシーンがありますが、これもすごく共感してしまいました。

Yuubariは高校3年のときお弁当が無い午前で授業が終わる日に、仲良くなったクラスメートたちとサイゼリアにいきお昼ご飯を食べたとき、恥ずかしながら感動してしまったことを今でも印象に残っています。

なにせ今まで家族以外の人と外食したことなんてほとんど無かったんですから・・

 

(漫画としての面白さの変容)

修学旅行編までの「わたモテ」はいち読者(視聴者)からみたもこっちの言動・奇行にいわば神の視点から楽しむ作品ですが、今は明確にこの作品への視点が変わりました。

ひとりひとりのクラスメート(おもに田村ゆりちゃんと「ネモ」こと根本陽菜ちゃん)ともこっちの絡みが最大の魅力になっています。

またある種の群像劇のように展開していく中でしっかりとした登場人物のポリフォニーが形成されているのが見事というほかありません。

 

作品がはじまって現在(2019年10月)までにもう9年近く経っているわけですから作品としての内容の変化も作者の表現者としての力量の向上も当然あってもおかしくないのですが、ここまで連載開始時から異なるテイストの作品になるというのは珍しいかもしれません。

それもエンターテインメントとして高いクオリティを保った状態で。

 

「わたモテ」がこのまま主人公のもこっちが高校卒業して作品が終了するのか、はたまた大学生編に突入するのかはわかりませんが、Yuubariにとってはこれからもずっと読んでいきたい作品であることは間違いありません。