折れない心

何度も敗北を味わってきた筆者が挫けずに試験勉強や語学を頑張ります。現在は資格試験(英検1級、TOEIC)対策も含めて英語の勉強に取り組んでいます。

Yuubariの読んでよかった本(その12)『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

以前から読みたかった1冊でしたが、文庫化されたことを機に早速購入して読んでみました。

イギリスのブライトンに住む日本人の女性が書いたエッセイですが、主にアイルランド人の夫との間に生まれた息子さんの中学校生活を中心に文化・社会問題(階級・人種など)・価値観などを綴っています。

 作品の中で描かれる著書のブレイディみかこさんのリベラルで進歩的な視点に多々学ぶところがありましたが、学区内でも上等とは言えない公立校に入学した息子くんの聡明な考え方や行動様式に心から感心してしまいました。

 

-多様性の分断を乗り越えて共生する方法のヒントー

日本のコミュニティではこれまで起こり得なかった問題(人種・文化的価値観の齟齬)がイギリスでは日常のいたるところに潜んでいることがよくわかりました。

その一方で、イギリス政府からも見放された弱者(ホームレスや貧困層)を救済するために地域のコミュニティや公立校の教師が誠実に問題と向き合いながらできることを実践していることも知りました。

 

こうしたことは実際にイギリスで過ごしている人にしか知りえない、理解できないことなので様々な感情が自分の中で沸き起こることを実感しながらページを繰りました。

ちなみに「日本のコミュニティではこれまで起こり得なかった」と書きましたが、これからは日本でもこうした問題が頻繁に持ち上がることは間違いないと思います。

少子化の一途をたどる日本は労働力として海外の方を迎え入れる方向で進むでしょうし、そうなればこの作品の大きなテーマのひとつである「多様性」が社会の基盤に食い込んでくるはずです。

そうなったとき(もう既に日本の都市部ではその状況が生まれつつあるかと思います)、私たち日本人がどう考え、どう共生していくかを考えるヒントがこの作品に詰まっていました。「シンパシー」より「エンパシー」が共生のキーワード。

  

-ハーフの悩み-

作中で作者ブレイディみかこさんの息子くんが自分のアイデンティティに悩む描写があります。

自分はイギリス生まれのイギリス人だけどお母さんであるブレイディみかこさんは純日本人だし、お父さんはアイルランド人。見た目は東洋人の血が強く背はあまり高くない。

 

「ハーフだと2か国語が話せて良いね」と思われがちですが、この子の場合、日本語が話せるわけでもない。

ちなみにハーフだから必ずしも2か国語が話せるわけではなく、本人の努力や親御さんの熱心な教育を経て初めて2か国語の習得が可能になります。

この子のケースだと「人種」「国のルーツ」という観点からすると「どのコミュニティにも純粋に属していない宙ぶらりん状態」なわけですから、悩むのも当然かと思います。しかしそれを残り超える芯の強さがブレイディみかこさんの息子さんには感じることができて救われます。

「ハーフ」という言い方も息子くんは嫌っていて「『半分』みたいで嫌。『ハーフ&ハーフ』と言って欲しいな」という描写がありましたが、当事者でなければ感じることができない悩みが確実にあると思います。

 

その話では思い出したことがありますが、Yuubariの知り合いで日本人とオーストラリア人のハーフの人がいます。オーストラリアで育ったので、英語が第一言語ですが、学生時代必死に日本語を勉強して社会人になってから日本で働いている人です。

日本語も相当堪能なのですが、碧眼で見た目が完全に白人なせいで、ご年配の人に日本語で話しかけても「わたしは英語だめだから」と会話自体が避けられてしまうことが多くてショックだったと言っていました。

これは1例ですが当人しか感じることができないストレスみたいなものはほかにもあるのかもしれません。

 

しかし、それを逆手に取ってその人は日本で日本人の友人に呼ばれた結婚式のスピーチに指名されたときにわざとオーストラリア訛りの英語で早口でスピーチを開始して招待客がぽかんとしている雰囲気の途中で「ごめんなさい。実はわたし日本語話せます。今日は日本語で話しますね」と言って笑いを取っていました。

 

話を本書に戻すと・・・・

とても聡明で、悪く言えば聖人君子然とまっすぐ育った息子くんに若干出来すぎな気がしないでもないですが、それはやはり親であるブレイディみかこさんとの関係のたまものだと思います。

「安全な」カトリック公立校に行くこともできたのに、あえて評判のあまり良くない公立校に進むことを決めた息子くんを信じて送り出し、過度に干渉もせずそっと見守るけど放置もしない距離感で信頼する親としての度胸と裁量は同じ親としてYuubariは見習うべきと感じました。

 

恥ずかしながら中学生のときのYuubariはこの子のような考えを持つどころかまるきり世間を知らない子どもでした。

海外の方が来日して仕事をする機会が増えるに伴い、これから日本でも起こるであろう差別や分断について目を逸らさず親として子どもとよく話し合いたいと思いました。